阿部公房「砂の女」読了。

エンターテイメントとしての小説と、芸術作品としての小説、どちらの要素を含み、文芸作品として中庸を得た作品。何ヶ国語か忘れたけど世界各地で読まれているらしい、この世界観は外国人受けがいいのだろうか、フランスあたりの前衛気取りのヤツラには受けるだろうが、アホアメリカ人たちにはどう映るかな。

阿部公房は狂人ではない。しかし狂人が書いたような文体。そう、狂人が書いたような文体を作り出す作家のことを「この人は狂人ではない、確信犯なのだ」ということは非常に容易いことなのだ。難しいのは確信のディテールと目的、理由を知ることである。

そういう意味で解読が最も難しい作家の一人。読者泣かせ。